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足りないなら耕そう
2008年5月号
日本の食料自給率40%は、先進国の中で異常に低い。豪州:327%、仏:136%、米:127%、独:97%、英:71%、山国スイスでも60%という。世界178カ国の中でも日本は129位だ。
いま世界は、またぞろ食料争奪戦の様相を呈してきた。国内ではバターが店頭に並ばなくなった、小麦粉の値段が30%も上がった…。自給率が低いだって!?少資源国日本は、交易こそが生命で、食料だけ自給しても国は成り立たないという輸入政策を選択してきた帰結だ。しかし平穏な交易という前提が崩れたのなら、戦略を変えねばならない。
土地などまわり近所にあり余っている。牧畜や農業は馬鹿らしくてみんなやらなくなってしまった。人口の急減が懸念される中で、まわりの畑や田んぼはどん どん削り埋め立てられて宅地化している。一体誰が住むというのだろうか。
年寄りの急増を国は持て余し、とうとう「後期高齢者」という言葉まで編み出した。姥捨てを考えねばならないほど国策が息詰まったのなら、捨てるなんて虚しいことを考えず、お尻を叩いて働いてもらえばいい。明治の昔、屯田兵制というものがあり、北海道の開拓に士族などを派遣した。暇と体力を持て余ま している前期高齢者あたりから刈りだせばよい。徴兵ではなく、「救世軍」といった方が恰好がつくか。フリーターという職のない若者がごろごろいるという。 救世軍に呼び寄せたらいい。明治の屯田兵は僻地の開拓だが、平成の救世軍は地元再生のための幸せの開拓だ。年寄りもフリーターも生きがいにハングリーな人たちだから、晴耕雨読は彼らの理想郷ではないか。
小麦粉の値段が上がったから、パンの材料に米を使えるようになったという。どんどん牛を飼い、米をどんどん作ったらいい。大がかりな開拓をするには、土地私有制が邪魔である。国家百年の大計のために、土地を国有化したらどうか。どう考えたって、成金地主が、なんの自己努力もなく、私有地のまわりが 開発対象区画になっただけで、ベンツを乗り回し、お金をじゃぶじゃぶ使い放題というのは、公平性に欠けるというものだ。実は日本人の大半がちっぽけな地主だから、この不公平には頬かむりをしてきた。日本は、世界に冠たる私的所有権保護の国と聞く。一人の地主がゴネれば国家大計が滞る。あちこちで見てきた光景だ。しかし小利よりも公益であり大義である。土地の「所有権」は国家とし、代わりに地主が自分の1代、子供の2代、孫の3代までの満足人生を生きるに 必要な「使用権」を、最恵国待遇として付与すればいい。「努力と成果」「頑張りと見返り」の範囲内で最大限の権利を与えればよい。とんでもないものも含めて、証券化が流行っているご時勢だ。この際、土地の所有権も証券化すればいい。
資本主義という仕組みは、修正されなければならない。国の食料確保がままならぬ…後期高齢者は要らない…若者がフリーターという名の浮浪者予備軍 に…社会や国の成り立ちの基本事項に問題ありの日本だから、今こそ既得権に手をつけるときだと思う。国民の大半がちっぽけな地主という既得権に浸かっているが、納得的な証券化の条件が設定されれば、それでも所有にしがみつくほど日本国民は愚かではないと思うがどうか。私もちっぽけな地主だが、所有権など放棄して、証券化の方針に従う。