ニューミレニアムネットワーク株式会社トップページ

コラム

工藤さん

++コラム一覧++

2019年
2018年
2017年
2016年
2015年
2014年
2013年
2012年
2011年
2010年
2009年
2008年
2007年

新しい日本人が育っている

2014年2月号

 このところ日本人は、とみに日の丸を背負いだしたように思う。安倍政権になって以来、その度合いがとみに強くなっている。

 つい先日の件もそうだった。パククネ大統領から「日本に来るならうちにも来て」とおねだりされたオバマ大統領は、日本の国賓待遇の招待を蹴って、パククネ氏に秋波を送った。アメリカの高官が「尖閣諸島が中国から攻撃されても、アメリカは参戦しない。日中のトップ間で穏便に収拾するように…」と明言したらしい。
 これでいよいよ、アメリカにとって日米関係が、米中・米韓以上に特別なものでないことが周知の事実となった。「パククネめ、けしからん!そうかオバマがその気なら!…」と、国民の心中に日の丸がへんぽんと翻り始め、「ニッポン」意識が燃え上っていく。
 折しもソチオリンピックで「ニッポン」意識が最高に高揚する時期にある。金メダルを!…と、無責任なマスコミが騒ぎ出し、選手に日の丸を背負わせる。そういえば、メキシコオリンピックの金メダル候補と騒がれた円谷選手が「もうすっかり疲れ切ってしまって走れません。お許しください」とプレッシャーに押しつぶされて自殺したことがあった。

 否応なしに金の日の丸を背負わされた選手には悲壮感が漂い出し、あげくの果てにはメダルプレッシャーに打ちひしがれるのが、これまでの定型パターンだった。優等生の沙羅ちゃん、真央ちゃんも、この金の日の丸騒ぎのかわいそうな被害者になってしまった。
 一方このソチでは、これまでと違う日本人が現われた。およそ優等生とは無縁な雰囲気をもつハーフパイプの平野くんだ。金メダル間違いなしと言われ続けて、銀メダルに終わった平野くんは、悪びれる様子もなく「普通通りにやりました」「楽しかったです」と、インタビュアーの押し付けがましさに距離を置いて、普段着の言葉でしゃべっていた。

 日本では、大企業に入ったり官僚になることが「人生のアガリ」であり、そのために、良い大学、良い高校、さらには有名中学~幼稚園に通う子たちを「優等生」として褒め讃え、成功の保証を与えてきた。そして余計な好奇心をもったり道草したりする人たちを、悪ガキ、脱落者として排除してきた。
 振り返るにこの50年間の日本は、単一路線の上をひた走る「優等生」の世界であったように思う。決められた路線の上を大企業の勤め人と官僚たちがひた走って、日本経済の繁栄を築き上げた。優等生たちの成果である。

 これからの日本はそうはいかない。地球そのものが異常を来し始め、日本列島の心臓部分を確実に大地震が襲うことへの恐怖があり、原発は結局、人間社会を破滅に導くのではないか、米中に挟まれて、年寄り社会の日本はどう生きていけばよいのか等々、不安が尽きないニッポン。何より、大企業の勤め人になったり官僚になったところで、幸せの何の保証にもならないことが、白日のもとにさらされてしまった。

 これからの日本には、乗っていれば安全な路線などもはや存在せず、個々人にはなべて、日の丸なんかを背負わずに、自分の力で「自分なりの幸せ」を切り開いていく「生存力」こそが求められると思う。
 優等生は決められた路線の中で、まわりの期待に応えるのが本分だから、まわりの眼が気になって仕方がない。これから求められる日本人は、まわりに左右される弱きインテリ優等生ではなく、楽しさや嬉しさや、喜怒哀楽の軸を、きっちり自分の世界の中心にもっている新しい人種なのだと思う。この人種は、まわりの眼などより、自分の感性とその判断力こそを大切にする。
 平野くんは、駅の構内にたむろしてスケボーをやっている若者たちと同じ悪がきの匂いをもっている。その悪がき・平野くんは、好きな道で頂点を極め、高いレベルの「ピークモメント」をもったことで、大抵のことではへこたれない強い生存力をもってしまった。

 自分の好きな道で頑張って、自分なりの「ピークモメント」をもつことは大して難しいことではない。若者たちが好きな道で「ピークモメント」を体験して強い生存力を獲得していく。これからの日本の行く末は、この頼もしい若者たちが、自分たちの目線で決める。【工藤】

▲ページトップへもどる