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社長コラム

工藤さん

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また、青い空を見上げる

2018年4月号

 174号で、僕は青い空を見上げるのが好きだと書いた。その後も、毎日見上げては深呼吸している。高く深い青を見ていると、たちまち肺が広がって、たくさんの青が僕に入ってくる。その青い空について、このところ、不思議なことが起こっている。アトランダムに読む本の中から、青い空という文字たちが 僕の目に飛び込んでくるのだ。 日野原重明、北野武、葉室麟、谷川俊太郎、石川啄木、高村光太郎の各氏も、青い空の感動を謳っている! ホントに嬉しかった‼

日野原先生が、最後の最後に残された言葉は、感謝の言葉の数々だったようで、その中に、青い空を見上げる瞳への感謝の言葉が置いてある。

今日このような、美しい青空を見てね…
この青い空を見上げる私達の瞳。
これは、最高のもの。
この最高を、私達は感謝しないと…

 北野武さんも、若いころ人生の大決断をしたときに、青い空を見上げていた同志だ。のたれ死にする覚悟をしてまでも、自由が欲しかったため、大学をやめて浅草の芸人の世界に飛び込んだ時だという。
群から飛び出すということで、自殺するにも等しい決断だったという。その時見上げた空は本当に高くて広かったと、今でも鮮明に覚えているらしい。
そして、もう一度この世に生まれたら、のたれ死にすることになっても、あの空を見上げるためだけに、やっぱり俺は群を飛び出すと思うと言っている。

 作家の葉室麟さんは、自著「蒼天見ゆ」で、艱難辛苦を克服し、澄みきった心境に達している秋月藩の余楽斎に語らせる。相手は、藩士臼井亘理である。

【臼井】春風のごとく人に接しろと仰せですか。 私には無理かもしれません。何分、頑なな気 質でひとにあわせるということを知りません から」
【余楽斎】ならば、時おり、青空を眺めろ
【臼井】空を
【余楽斎】そうだ。われらは何事もおらぬのに、 空は青々と美しい。時に曇り、雷雨ともなるが、 いずれ青空が戻ってくる。それを信じれば何 があろうとも悔いることはない。いずれ、わ れらの頭上にはかくのごとき蒼天が広がるの だ。

 そうだ、僕も、孤立無援で一番苦しかったとき、犬吠埼の「地球が丸く見える展望台」の円形の台の上に大の字になって、広くて深くて青い空を見上げていた。妻は黙って横にちょこねんと座っていた。すると不思議に、瞼から涙が溢れ出て、深呼吸一番、心が深い空に向かって昇り立っていったものだ。

 いったいなぜ、青い空を見上げると、満たされるのだろう、元気が出るのだろう?

 谷川俊太郎の詩「かなしみ」には、
あの青い空の波の音が聞こえるあたりに
何かとんでもないおとし物を 
僕はしてきてしまったらしい とある。

 石川啄木の
不来方(こずかた)の
お城のあとの草に臥(ね)て
空に吸われし十五のこころ
には心がさわぐ。

 そして高村光太郎の「あどけない」話。
智恵子は東京に空が無いという
ほんとの空が見たいという
私は驚いて空を見る
………
智恵子は遠くを見ながら言う
阿多多羅山の山の上に
毎日出ている青い空が
智恵子のほんとの空だという
あどけない空の話である

 高くて広くて青い空。
遠い遠い宇宙の果てから届く「青」。宇宙の果てに生まれた、小っちゃな小っちゃなひとカケラの僕、ちっちゃいが確かな僕との出会いで、僕のこころは、みんなの心は満たされる。

僕は青い空を見上げるのがとっても好きだ。 重圧を背負っている世界のリーダーたちにも、青い空を見上げてほしいものだ。

【工藤】

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